ミスチルの詩集「優しい歌」の世界

Mr.Childrenの“優しい歌”という詩集があるのをご存知ですか?

第1刷発行が2001年の12月なので出版されてからもう18年も経ちます。

私が小学生の高学年から中学生だった頃にかけて、ミスチルの人気は絶頂で、既に押しも押されもせぬ位置にまで上り詰めていました。

クラスメイトの男の子から借りたアルバム“Atomic Heart”をカセットテープに録音し、繰り返し繰り返し聞いた覚えがあります。(「カセットテープってなんですか?」とか言わないで泣)

でもあの当時私はまだまだ子どもでしたし、一度聞いたら忘れない桜井さんの独特な歌唱も相まって、彼の紡ぐ歌詞について深く考えた事がありませんでした。

そもそも歌を聞くときにあまり歌詞を重視しないタチなんです。

歌い手さんや曲によっては自然と歌詞が胸に刺さることももちろんありますが、根本的にはリズムに歌詞が綺麗に乗っているかどうかのほうが私的には重要です。(聴いてて、歌ってて気持ちいいのが一番)

そんな私が、ミスチルの歌詞を深く掘り下げて考察するきっかけとなったのが、この詩集です。

JASRACから著作権使用料を請求されるのが怖いので歌詞を載せるのは避けますが、とくに気になった歌詞の曲について、私なりの見解を書いてみます。

(気になる人は歌詞を調べてみてね)

まずはじめになんですが、“Mr.Children”という和製英語のグループ名が物語っている通り、初期の頃の歌詞は、

“大人って何?”

“いつからが大人?”

“誰が決めるの?”

“誰が決めたの?”

といった、大人の世界に対する不安・迷い・焦燥感、そしてそんな自分自身を俯瞰で見ている桜井さんの冷めた視線を彷彿とさせるものが多い気がします。

最近の曲はよく知らないので昔のイメージで書いてますが、『雲ひとつない快晴!』みたいな歌ってミスチルにはない印象です。

一見明るい歌とかでも、「やっぱり今日も薄曇り」って感じがしてしまうんです。

なんでこんなにモヤモヤするんだろう…

ずっとこんなことやっていていつか自分は報われるのかな?

自分はこのままでいいの?

どうすればいいの?

そんな葛藤をみんな少なからず抱きながら過ごしているから、桜井さんの言わんとすること(つまり歌詞)が琴線に触れたのではないかと思います。

40代が迫って尚、私の思考は10代の頃と大した変わっていません。

「中二病?」

そうかもしれない。

でも、大人になったからってそんなに急に変われる?

そういうつかみどころのない感情こそが“Mr.Children”の由来のような気がしています。

勝手な思い込みですがね。

で、今気になって“Mr.Children”の由来をググってみたら、『“Children”という言葉が好きで、でもそれだけじゃ足りないからMr.を付けた』ということらしいです。

私の妄想力!😂

でもきっと本当は私が書いたみたいなことを思って付けたけど、それを公共の電波で語るのはなんかダサいとか思って、その場の思いつきで『Mr.をつけた』って誤魔化したんですよきっと!

(だから妄想力!笑)

知ってみるとなんのことはない。

真実とは得てしてそういうものです。

は〜いそんな感じで私の妄想に付き合っていただける方のみ次行きますよ次〜!笑

詩集 『優しい歌』より  

シーラカンス

シーラカンスとは6500万年前に絶滅したと考えられていた古代魚ですが、1938年にアフリカ沖で生きているシーラカンスが発見され、その後もタンザニア沖やインドネシアなどでも生息が確認されており、現在も太古の姿を保持したまま深海で暮らしているそうです。

桜井さんは恐らくシーラカンスを何かの比喩に例えているのですが、この古代魚の奇跡の生存を“何の意味も価値もない”と一刀両断しています。

「まだ生きてたなんて奇跡だぜ!」と書かないところが桜井さんって感じです。

でも、とっくに絶滅していると思われていた魚が、実は元気に生きていたことがわかったら、古代魚ファンじゃなくてもちょっと色めき立ってしまいませんか?

本当はきっと同じように感じたのに、そこを『別に。』と言ってしまうあまのじゃく加減が桜井さんなのかなと思ってます。

友とコーヒーと嘘と胃袋

“友とコーヒーと嘘”の次にまさかの“胃袋”!

そこで胃袋がくるなんて誰が想像できましょう。

この曲も桜井節満載の歌詞です。

歌詞の中にある煙草の口の匂いとコーヒー飲んだ後の口臭なんてクサイもん同士で最悪じゃんと思ってしまった。

あ、クサイもん同士で相性が良いってことか。

良いね!(笑)

でも、コーヒーの飲み過ぎは胃袋には良くないよねぇ。

たくさんコーヒを飲みたいから、コーヒーに負けない胃袋になってもらうべく『もっと強くなれ』と胃袋を勇気付けると。

そういう歌です。(…違うと思うぞ)

抱きしめたい

人気ランキングで上位に入る、哀愁漂うバラードの名曲です。

この歌は、ずっと恋人と一緒にいたいという歌詞なのですが、そこかしこに淋しさのようなものを感じてしまいます。

壊れてしまいそうな、いつかくる別れを暗示しているような、そんな雰囲気があります。

曲のせいかな。

(あまりにもたくさん聴きすぎて、詞を読んでいると脳内で勝手に歌が再生されてしまうんです。)

でも冒頭の歌詞にあるように、今一緒にいる恋人との最初の出会いのことを振り返る機会ってそうそうないように個人的には思うのです。

だから、のっけからいきなり『別れたの?』という錯覚に陥ってしまいました。

これぞ桜井マジック!ですか?(誰に)

名もなき詩

“名もなき詩”っていう名前付いてんじゃん。

Tomorrow never knows

中3の頃クラスメイトの男子3人と女子3人でカラオケに行き、その中にいた大っ嫌いだった男子がこの歌を歌ったんだけど、初っ端から

『とどま〜るトコ〜

って噛んだので不覚にも笑ってしまった。くそ。

それからというもの、しばらくはこの歌を口ずさむ時に『こと』だか『とこ』だか悩むようになりました。

『とどま〜るトコ〜』

『トコ〜』

『トコ〜』

いやトコちゃうわ。(お前道産子やろ)

CENTER OF UNIVERSE

“世界は素晴らしい”で始まり“世界は素晴らしい”で終わるのに、ちっとも素晴らしいと思っているように感じられない不思議な歌。

捉え方次第で、考え方次第で、今すぐにでも幸せになれる。

要するに不平不満は自分の問題だということですね。

だから『世界は素晴らしい』って無理やり考えてみるけど、でもやっぱり割り切れない。

そんな感情がにじみ出てる歌。

simple

“桜井さんが雲から抜けました”といった感じの歌。

この詩集の中ではこの詩が一番好きです。

ずっと目の前にあったんだ。

本当はとっくのとうに気づいていたのに、消えるのが怖くて目を背けていただけ。

幸せってきっとそういうものです。

終わりなき旅

最後は“終わりなき旅”。

後ろを振り向かずに前へ進もうという前向きな歌詞の歌。

いいことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもない。

人生は死ぬまで終わらない旅だ。

何があろうと時間が解決してくれる。

考えすぎはただの毒。

君は君のままでいい。

そう言って背中を押してくれる歌です。

完璧じゃなくても、理想通りにいかなくても、歩みをやめなければいつか必ず何かに辿り着く。

それが何かを知りたくて人は旅を続けるのでしょう。

なんてね。

最後に

桜井さんの詩をこうして綺麗な本で眺めると、今まで気づかなかった意味に気付きます。

ブックレットも同じなのかもしれないけれど、私の中ではブックレットはあくまでもブックレットで。曲をかけながら歌詞を目で追うものです。

知らない言葉が出てきて調べるキッカケになったり(例えばこの詩集には載っていないけど“es”とか)、上手に韻を踏んでたり。

あぁ、詩もいいもんだなぁと思いました。

これがきっかけでドリカムの吉田美和さんの詩集も3冊持ってます。

機会があれば今度は美和ちゃんの詩についても記事にしたいと思います!

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