先日実家に帰省した際に一冊のノートが目にとまりました。
今から五年前、私の父親が※急性膵炎で入院したときに、私(後半は私の母ないし妹)が記録した闘病記です。
※急性膵炎とは文字通り急性の炎症が膵臓に起ったもので、処置が遅れると命を落とす危険性のある怖い病気。
アルコールが原因で起きる場合と胆石が膵管を塞いで起こる場合とがあり、はっきりとした原因がわからないとも言われているが、症状は膵液の働きが活発になりすぎて膵臓自体が自己消化されて起こると考えられている。
重症になると炎症が膵臓に止まらず、肺・腎・肝などにまで波及、多臓器不全を起こす。感染症を合併することもある。上腹部全体の激しい痛みを伴い、患者は痛みを軽減させようと前かがみになり、右を下にしてうずくまる傾向がある。(実際に父は右を下にしてうずくまっていました。声を出すこともできないほどの人生最大の激痛だったと言っていました。「これは死ぬな」と思ったと…)
一時は命を落とすかも知れない状況にまでなった父が、現在では毎日元気に仕事をこなせるまでに回復しました。
100均で衝動買いしたこのノートに父の闘病中の様子を綴ることになろうとは思ってもみませんでした。きっかけはなんだったか…父に聞かれたけれど、直感で動く私は「なんとなく」としか答えられませんでした。
直感や第一印象を信じて行動すると物事が自分の望む方向に進むことを何度も経験してきました。
現にこのノートも父のメンタルを鼓舞するのに一役も二役も買ってくれました。入院してから一ヶ月と四日目まで途切れることのなかったお見舞い客の名前の数々は、父が意識を取り戻してこのノートを見るたびに、父の記憶を通じて父に元気をくれました。
かつて彼らにしてもらって嬉しかったこと、逆に自分がしてあげて感謝されたこと、一緒にお酒を酌み交わして笑った日々、同じように闘病していたけど元気になってお見舞いに来てくれた人の心強い言葉、何も言わずに握手をして一緒に泣いてくれた知人、そしてかけがえのない大切な家族。
お見舞いに行く時には「何か元気になる言葉を掛けてあげなくては!」なんて厚かましくも思っていましたが、今回父を見ていて“言葉なんてなくても顔を出してあげるだけで元気って分けてあげられるんだな”ということが良くわかりました。
病床から起き上がるために一番必要なのは人間の情愛であることを目の当たりにした一ヶ月でした。
そして今になってまた「なんとなく」目に留まったこのノート。
いつものように直感を信じて記事にすることにしました。
この記事が少しでもどなたかの参考になりますように。
直筆だと読みにくいページも多々ありますが、個人情報は伏せつつ直筆の記録を写真にてご紹介します(長くなりますので記事を数回に分けます)。
誤字脱字もありますが、その辺はどうか多目に見てくださいね。
急性膵炎闘病記(2013.7.3~7.18)
つづく▷