◁つづき(前回の記事はこちら)
急性膵炎闘病記(2013.8.4〜8.14)
↑父自ら筆を取りました(^^)
↑モザイクかけていても母が笑っているのがわかります(^^)
↑帰宅後愛犬との43日ぶりの再会(愛犬は老衰のためこの年に他界。なんとなく父の病気を持って行ってくれたのでは…という気がしています)
父本人が60歳の厄年で、私も33歳の本厄の年でした。
父が膵炎に掛かって入院している最中に急遽厄払いに行ったり、お守りを買ったり、珍しく絵馬で神頼みしてみたり、お墓参りに行ったり…自分に何か出来ないかと考えて取った行動の全てが“神仏頼み”というなんとも他力本願な行動だったことに今更気付きました。
父が無事に退院した旨の報告とお礼が出来たことをとても有難く思っています。
その後
父が急性膵炎に罹患してから早五年。
実はこの後にも父は「胆嚢摘出手術」や「直腸切除手術」を受けたりして、三年かけて病気の総清算をしていました。
「急性膵炎の原因は胆石だったのでは?」と当時担当医に聞いたことがありましたが、検査結果をみる限りでは胆石ではなさそうだと言われました。30年余り毎晩焼酎700mlを飲み続ける生活をしていたので、アルコールが原因だろうとは思っていますが…はっきりとしたことはわかりません。
しかし退院後一年も経たずして今度は「胆石」で入院します。
あの時「今度も膵臓だったら死ぬな…」と言った時の父の表情と、「胆石」だとわかった時の安堵の表情は、今でも忘れることができません。胆石の手術も痛かったでしょうが、膵炎の痛みに比べたら屁でもないと言っていました。
それから、胆嚢摘出手術を受けた病院の病院食が非常に美味しいと喜んでいたのが印象的でした。退院当日の昼食はうどんかそばかを選べることになっていて、既に選択していたので食べずに退院することに少し未練があったようでした。贅沢な悩みです。
でもこの時に、美味しいものを食べることも生きる気力を沸かせる大きな力になるんだなということも改めて感じました。膵炎の時は油物は厳禁だったので粗食も粗食でしたから(^^;)胆嚢手術後に鶏肉だか豚肉だかが出た時は「肉食べていいの?」って再三確認してましたね(笑)
そしてその翌年、今度は血便により直腸癌が見つかり、直腸の2/3を切除することになります。
予後が一番キツかったのはこの時でした。
便を溜めておく場所が1/3しか残っていないので、今までのように便意をもよおした時にトイレに駆け込んだのでは間に合わなくなりました。
毎日のように下着を汚す状況に父はかなり滅入っていました。
手術前、「人工肛門になるかも」と言われた時には顔を歪めていましたが、人工肛門を回避できても今までと同じようにはいかないのだということを受け入れるまでに、ある程度の時間を要しました。
現在は、元通りとはいきませんが、出先で急に便意が来てもある程度我慢ができるようになったと喜んでいます。
何度も何度も生かしていただいているところを見ると、父にはまだまだ今世でやらなければいけない課題が残っているようです(笑)
悔いのないよう人生を全うしてもらいたいです。
最後に、健康な体の有難さを痛烈に実感した父がノートの後ろに追記していたものを見つけたので、内緒で勝手にご紹介します。