長男が幼稚園の年中さんで、次男が3才なる前ごろだったと思います。育児真っ只中で、文字通り四六時中こどもと向き合って生活していました。
息子たちは二人ともほぼミルクで育ちました。乳幼児の頃から夜寝ると朝までほとんど目覚めることなくぐっすり眠ってくれたので、世のお母さんたちと比べるとかなり楽な方だったと思います。
それでも、起きている間ずっとこどもに付きっきりで生活していると、自分のペースが全く保てないのでかなりのストレスがたまります。
自分の時間を確保するため、早起きの苦手な私は眠る時間を削りました。洋画を見たり、本を読んだり、スマホでネットサーフィンをしたり・・・。
それが原因で、昼夜逆転のような生活になって行きました。
睡眠不足と生活習慣の乱れが引き起こした「怠慢」と「情緒不安定」
まず、家事が億劫になりました。
朝は自分の身だしなみは後回しにしてお弁当をこしらえ、朝食を準備して夫と長男(通園バス)を送り出すまではなんとかやりましたが、朝食に使用した食器を洗う気力が湧きません。
次は掃除機掛け。やらなきゃいけないという思いはあるのに体が重くて動きません。
お次は洗濯。とりあえず洗濯機に洗濯物と洗剤を突っ込んで回します。洗濯終了のアラームがなり、「取り込んで干さなきゃ」と思っているのに動けません。
風呂掃除・湯貯め、やらなきゃ・・・でもやる気が起きません。
そして全て放置。
次男と遊んで食事して昼寝してたらあっという間に長男がバスで帰宅する時間。迎えに行って帰宅して、お弁当箱を台所のシンクに出したらまた動きが止まります。
自分の体が充電してもすぐに電池が切れるバッテリーの弱った機械のようだと思いました。
こども達はそんなだらしのないお母さんを見ても何にも言いませんが、夜には夫が帰ってきます。
それまでに全部やらないと・・・
日中怠けていたもののツケが夕方に襲い掛かります。
とりあえず食器は洗わなきゃ・・・
それから炊飯して・・・
おかずは何にしよう・・・
お風呂も洗ってないし・・・
洗い終わった洗濯物が洗濯機の中に・・・
こんな毎日が数ヶ月続いていたと思います。
初めのうちは何も言わずにいた心の広い夫も、帰って来てカゴに入ったまま干されていない洗濯物を何度も何度も目にするうちに、ポツリポツリと「昼間何してたの?」というようなことを言うようになりました。もっと後には「いい加減ちゃんとやれ」と叱られました。至極当然のことです。
当然こどもたちの食事の時間や寝る時間も遅くなりました。
私の生活リズムの乱れが家族中を巻き込んでいました。
「急がないと夫が帰ってくる」
アレもやらないと、コレもやらないとと焦っている時に限ってこどもが喧嘩して泣いたり、変な時間に寝てしまっていたり、鬼のように部屋が散らかっていたり、突然吐いたり・・・。
そんな生活を繰り返して、イライラをこどもにぶつけるようになっていきました。
「早くお片づけしなさい!」
「早くご飯食べなさい!」
「早く歯を磨きなさい!」
「早く!」
「早く!!」
「早く!!!」
「どうしてできないのよ!!!!!!」
今こうして文字に起こしてみると、自分で自分に思っていたことをこどもにぶつけていたことが手に取るようにわかります。
当時、全て自分が蒔いた種だということも頭の中ではわかっていました。やる前に頭の中が「ちゃんとやらなくちゃ」という思いで埋め尽くされていて、その思考が自分を追い詰めていたんです。容量が満杯でパソコンの動きが鈍くなるのと似ていると思いました。
こどもに八つ当たりする自分が嫌で、家事をこなせない自分も嫌で、こどもたちがかわいそうで、こんな母親になるつもりじゃなかったのに・・・自分はもっとちゃんとしたお母さんに、妻になりたかったのに・・・と自責の念がどんどん蓄積し、それと比例するように眠れない日々が増えていきました。
そしてある時、いつものように散らかったこども部屋を見て、突然限界を迎えます。
大声で
「なんで毎日毎日こんなに散らかるの!!部屋を汚すのもいい加減にしろ!!!もう嫌だ!!!!」
と言うようなことを言ったと思います。
手の届く場所にあったものを手当たり次第投げ散らかして、気がついたら床に突っ伏して声をあげて泣いていました。
こどもたちはそれはそれは驚いた顔をして、一緒に泣いていました。
ごめんねと謝って、二人を抱きしめてわんわん泣きました。
そしてこの日の夜、夫に心療内科にかかろうと考えていることを打ち明けました。
初めての心療内科
今の自分をなんとかしたくて心療内科に助けを求めに行くことを決心したものの、実際に足を運ぶときはすごく緊張したのを覚えています。
自分の性格を把握してもらうのに必要ではないかと考えて、自分が嫌だと思うことや、トラウマになっていることなどをノートに書いて持参しました(ネットで得た知識です)。
初診ではまず、先生ではなく看護師?のような女性の方に色々聞かれました。
私が持参したノートを出すと、「いつもそんな風にメモしているんですか?」と聞かれました。
(あー・・・今私この人に完全に頭おかしいと思われてるわー)と感じたのと同時に、(この人にはもう何も喋りたくない)と思いました。
「頭の中を整理するのにいいと聞いたので、病院にかかるのを機に書いてみました」と言った後は、聞かれたことに一言だけで機械的に答えました。
上部だけのカルテが一通りできた後、先生に呼ばれて個室に入りました。
先生は、先生のペースで私に話を聞いたあと、「弱い薬を出すから飲んでみよう」と言いました。
今思えばなんであの時にもっと薬について調べておかなかったんだろうと後悔しかありませんが、「この薬でイライラが治るなら」という一心で、薬に希望を託しました。
その日から私に処方されるようになったのは
「アナフラニール 10mg×2(朝・晩)」でした。
アナフラニールとは
アナフラニールは「抗うつ薬」です。
こどもの夜尿症(おねしょ)や情動脱力発作の治療にも使用されることがあります。
抗うつ薬が処方される気は薄々していたので驚きませんでしたが、先生が言った「弱い薬」の「強い副作用」には驚きを隠せませんでした。
まず、飲み始めたその日から強い眠気に襲われました。徹夜明けの昼間のような、起きていることが耐え難いほどの強烈な眠気です。当然車の運転は出来ません。
そして、特に困るものでもありませんが、「生あくび」が非常に不快だったことを記憶しています。
普段のあくびならすればスッキリするのに、「生あくび」はスッキリすることはないのに加え、続けて何度も出るのです。残尿感に似た不快感を覚えて気分が悪かったです。
そして、イライラはしなくなりましたが、同時に楽しい気持ちも薄まった感じがしていました。
今まで激しく上下していた感情の起伏が、急に平坦になった感じです。
今まではそうなることが理想だと思っていましたが、楽しさまで半減していいとは思っていなかったことにこの時初めて気付きます。
イライラすることもなければ嬉々としてはしゃぐこともない自分
一日中眠っていられるほど寝ても寝ても覚めない眠気
ぼーっと1日が過ぎていく感覚
私が求めているのはこんな自分じゃないんだけどな・・・
そしてそれと同時に、日に日に体重が増えていくことへの恐怖心も芽生えていました。
妊娠中のむくみのように、毎日体重計に乗るたびに1kgずつ増えていく体重。
治らない眠気と生あくび。
相変わらず先生のペースで始まって先生の聞きたいことだけを聞いて終える3分足らずの診療。
(もっと話を聞いて欲しいのに・・・)
自分が一番望んでいるその思いが置いてきぼりにされて、薬でなんとかしようとしている先生に不信感がつのっていたのもこの頃でした。
断薬と自殺願望
初めての受診から三度目の診療で、先生に眠気が強いことと体重がどんどん増えていることを相談しました。
先生は、「じゃあ薬の回数を減らしてみようか」と言いました。
その日から、朝・晩1錠ずつ飲んでいた薬を晩の1回に減らすことになりました。
その翌日か翌々日だったと思います。
朝目覚めて布団の中で横たわったまま、何の気なしに部屋のドアノブを眺めていると、
(あのドアノブに紐をかけて首を・・・)
という考えがフッと湧き起こりました。
生まれて初めての「自殺願望」でした。
頭の中の別のところでは「何をバカなことを考えているんだろう」というまともな思考もきちんと存在していたので実行に移すことはありませんでしたが、その後も部屋を見回しては都合のいいものや場所を探して、「ここなら・・・」と不吉なことばかり考えて過ごしました。
自分の意思とは裏腹に、抑えようとしても湧いてくる負の感情。
私が考えていることじゃないのに、どこからこんな感情が湧いてくるんだろう?
自分の中に誰かが入り込んで私を貶めようとしているような気がしました。
鬱の薬を急にやめてはいけないことは聞いたことがありましたが、身をもって体験したのは初めてでした。
気がついたら休みだった夫に「しにたい・・・」ともらして泣いていました。
「ダメだよ!」と言われながら、自分でも(そりゃあダメだよね。何を言っているんだ自分は)と思っていました。思考が二つに分かれる不思議な感覚でした。
次の診療の日に先生に話すと、「減らすのが急激過ぎたかな」と言って、また朝晩の二回戻されました。
この時に「私はなんていう薬を飲んでしまったんだ・・・」と後悔しました。やめたくてもやめれないなんて・・・
私の場合は朝晩合わせて二粒だったので、いくら少ない量とはいえど、それまで体に入ってきていた抗うつ剤の半量が減ったので脳が驚いたのではないかと思っています。
10粒飲んでいた人が1粒減らすのとは違うのではないかと個人的に感じています。
これを機に、いきなり飲むのをやめることは絶対にしてはいけないと肌で感じました。
そして同時に、このまま飲み続けていても解決しないという思いが確信に変わったのもこの時でしたが、減薬することが怖くなってそのまま更に半年以上、朝と晩にアナフラニールを飲む生活を続けていきました。
初めて薬を飲むようになってから一年。気がつけば体重は15kg増。見た目も何もどうでも良くなっていました。
ある時、もう薬はやめたいと先生に申し出ると、先生は「そんなに強い薬じゃないし、このまま飲み続けてればいいじゃない」と言いました。
「???」
(あぁやっぱりここに来ててもダメなんだ・・・)と思い知らされる一言でした。このまま薬を飲み続けても何も変わらないと思っていたつもりでしたが、本当はまだこの先生に期待していたことに気付きました・・・。
結局私はこの日処方された二週間分のアナフラニールを、自分で半分に割ったりして少しずつ減らし、勝手に断薬してしまいました。
ですが、抗うつ剤は、使い方によっては良薬にも毒にもなります。私は自分で勝手にやめてしまいましたが、決してマネをしないでください。
特にたくさんの量を処方されている方は、医師や薬剤師のいうことを良く聞いて用法用量を守り、特に減薬・断薬するときはくれぐれも慎重に行ってください。
もしも減薬中や断薬中に「死にたい」という考えを持ってしまったとしても、あなたの本当の意思ではありません。
絶対に死んではダメです!
怠けたいなら怠けていい。
逃げたいなら逃げていい。
やめたいならやめていい。
死に逃げるのではなく、死にたいくらい苦痛なことから逃げてください。
抗うつ剤を服用している方が身近にいる方は、良く様子を見てあげて下さい。
使い方を間違えると薬はとても怖いです。
私は抗うつ剤で救われることがなかった上に、薬によって命を絶つ恐れがあるということを身をもって経験しました。
この経験が何かの学びになればいいとは思いますが、もう二度と飲みたくありません。
体重増の原因〜同時期に通っていた婦人科
体重の増加について、アナフラニールが原因かのように書いてきたのですが、実は心療内科に通い始めたのと同じ時期にたまたまかかった婦人科で、ポロッと「生理前にものすごくイライラする」ということを婦人科医に話しており、「ピル飲んでみる?」と言われて軽い気持ちで2ヶ月ほど飲んでいました。
確か「ルナベル」という名前のピルだったと記憶しています。
2ヶ月しか飲まなかったので、その後も増え続ける体重の原因はピルではないだろうと勝手に思っていたのですが、妊娠中の太り方と良く似ていたのもあり、ピルが原因かもしれないと思うようになりました。
薬の副作用の出方は三者三様、抗うつ剤にもたくさんの種類があります。
同じ妊婦でも浮腫のない人もいれば水を飲むたびに体内に取り込んでしまう人もいます。
同じ症状の病気でも、人によって効く薬が違うなんてことはザラです。
何につけてもそうですが、何が原因とは一概には言えません。私の例はほんの一例に過ぎませんので、参考程度にして下さいね。
結局のところ
こんなにも長い時間をかけて病院行ったりピル飲んだりしていましたが、私にはなんの解決にもなりませんでした。
結局イライラは全部自分のしたことによる結果だったからです。
まず夜更かしをやめ、どんなに遅くても12時前には寝るようにしました。
朝も普通通りきちんと起きたら、まずはきちんと顔を洗って着替える。
夜更かししてパジャマのままお弁当作って夫を送り出していた私は、これだけでかなり活動モードが復活しました。
朝食に使用した食器は目についたら洗うようにしました。考える前に手を動かすことで後からやる気がついてくることに気づきました。
その流れで掃除洗濯もやってしまいます。
洗濯はカゴに取り込んで下着・靴下・ズボン類・上着類と分けて伸ばしてサイズ順に重ねてから順々に干していくと、すごく気分が良いです。
ハンガーも種類ごと・色ごとに分けてグラデーションにしています。仕事をする上で、自分がやりたいようにやることがモチベーションを維持するのには必要不可欠だと思うようになりました。
それが端から見ると要領が悪く見える場合でも、その人にとっては必要なルーティーンであるという目で見てあげるとお互いイライラしないでいられるように思います(「生活のリズム」ってこのことか!とわかりました)。
そして、それを相手に押し付けないこと。
私はこれがこどもに対して全然出来ていないです。
あーだこーだと口出ししてしまう・・・。
もっとこどもたちのペースを尊重してあげようと思います。
1.規則正しく生活する(夜更かし・寝不足は最悪です)
2.やる気は後からついてくる(考える前にやってしまおう)
3.自分のやり方・リズムを見つける(相手には強要しないこと)
私が失敗から改めて大切さを学んだ三箇条です。