親子について考える

最近親子についていろいろと思いにふけっている嘉藤です。

何事もそうですが、受け身の立場というのは大変に気が楽で良いものです。

自分が子どもだった頃は、親子について考えようなんて思いもよりませんでした。

親に言われたことで腹を立て、反抗した挙句に「出てけ!」なんて言われたこともありましたが、だからといって親子関係に悩むこともなかったし、親に対して特段不満もありませんでした。

でも、今自分が親の立場になってみると、自分と親との関係が良くも悪しくも今の自分に色濃く反映されていることが良く見えるようになりました。

特に、息子たちへの物言いや叱り方については顕著です。

私の言い方・叱り方は、両親のやり方とそっくりです。

ああはしないようにしようと考えていたはずなのに、結局同じことをしてしまっている…。

もちろん良いところも受け継いでいます。

自分が選り好みしているわけではなく、好むと好まざるとに関わらず、親の影響を多分に受けて今の自分が形成されています。

そのことを考え始めると、自分が子どもたちに影響を与えることがすごく怖くなりました。

自分の叱り方のせいで、不満が募って不良になったらどうしよう…自身が持てなくなってニートになったらどうしよう…将来子どもができた時に、子どもを虐待するようになったらどうしよう…。

考えれば考えるほど怖くなりました。

「どうするのが子どもたちにとって最善なんだろう」と悩みました。

ひょっとしたら自分が親じゃだめなんじゃないか…という考えにまで及びました。

でも、ある時にフッと思ったのです。

“最善の策なんてどこにもないんだ” と。

“大切なのはバランスなんだ” と。

“人の心は白と黒には分けられないんだ” と…。

この偏った考え方が、息子たちを苦しめている。

「こうでなければならない」と焦り、できるわけがないのに息子たちに一方的に強要し、出来なかったことを責める日々。

自分も辛いが、誰よりも一番辛いのは息子たちです。

でも、私が息子たちに押し付けて学習させてしまったことにも、良い面も悪い面もあることに気がついたんです。

人間同士の関わり合いには曖昧な部分が溢れていて、 その曖昧さをありのまま受け入れることが、実はとても重要なことなのではないかと思うのです。

それが、相手を認めるということなのではないでしょうか。

私は自分に対してそれが出来ていないから、きっとまだ小さな子どもにまで白黒はっきりさせることばかり叩き込もうとしてきたんだと思います。

自分の親が私にした躾の方法が、たとえ間違えていたとしても、人間なんだから間違えて当たり前。

だから、今の私がすべきことは両親に文句を言うことじゃなくて、そんな両親をそのまま受け入れることなんだと思います。

そして大切な2人の息子たちに対しても、彼らの良い面も悪い面も全てありのまま受け止めてあげなくてはいけませんでした。

反省することばかりが浮かび上がってくるのですが、唯一私が子どもに対して胸を張れることは、相手が子どもであろうとも、きちんと謝ることが出来ること。

今までも何度も謝って許してもらってきました。

私は子どもたちの寛大さには一生頭が上がりません。

ダメなお手本にしかなれなくて情けないけれど、息子たちを笑顔にするために、明日もまた頑張ろう。

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