うそをつく心理 嘘をつかせているのは親だった!!

母の日当日、「今日は母の日だよ〜♡」と息子たちに自分からアピールしたら、次男には完全無視され、長男には「知らね。」と吐き捨てられた嘉藤です😂ヒドイよー

最近読んだ本のおかげで色々と気付いたことがあったので、今日はそのことを。

「うそ」と「隠し事」

プロフィールにも書いているのですが、私は嘘が大っ嫌いです。

完全に信頼しきっていた友人が実は自分を裏切っていたことを知ってもの凄く傷ついたあの日から、ウソと隠し事トラウマをえぐる起爆剤になりました。

結婚前、夫が私に黙って合コンに行っていたことを後で知って手が震えたことがありました。自分は異性のいる飲み会の時などは事前に逐一報告(許可をもらうつもりで)していたので、相手もそうしてくれるものだと思い込んでいたんです。

今考えると、自分の思い込みによって勝手に相手に押し付けていただけで、双方話しあって決めた約束でもないのに拘束する権利はなかったということがわかんるんですよね。

でも、その時の私は期待してしまいました。

その後も何度か似たようなことが起き、その度に喧嘩になりました。

浮気をしたとかではなかったのですが、誠実な人に見えていたので、勝手になんでも話してくれてると思い込んでしまいました。

実際に聞きたくないような話まで聞いてもいないのにベラベラ喋る子どもみたいな面がありました。

でもその辺りから「自分にとって都合の悪いことは黙っている人」だということがわかり、そこから彼を信じるのが怖くなってしまいました。

トラウマが顔を出し、夫の行動が起爆剤の一つに加わった瞬間でした。

ケータイの中を何度も覗きました。疑いたくないのに疑いの目を向けてしまう自分に嫌気がさして、でもそれを彼自身に言う訳にも行かず、言動はトゲトゲしくなっていき、心は毎日ざわついていました。

大好きな彼が、信じている彼が、実は裏切っていたら…?

「そんなの別れれば済む話でしょ!」と傷つく前の私は思っていました。

でも一旦深く傷つけられると、また傷つくことがとてつもなく怖くなるのです。

別れて少し泣いて、その後でもっと良い人を探せばいいだけの話なのに、何がそんなに怖いのか、自分でもわからない。

でも、心の傷はそうやって症状を訴え続けるのです。

「傷はまだ癒えていないよ…忘れないで」と…。

今はもうなんとも思っていない友人との、もうなんとも思っていないはずの過去の出来事。

だけど古傷が時々うずいてアピールしてくることを知り、当時私が負った心の傷が思っているよりもずっと深いことを知りました。

そうやって自分が辛くなるのを避けるため、今度は交際相手(現夫)に要求するようになりました。

「誰とどこに行くのか全部教えて」と。

ケータイを見たことも言いました。心配なときは見てもいいよと彼は言ってくれました。

理解のある夫は、言葉通りケータイにロックもかけず、そのまま無防備に放置してくれていました。そんな懐の深い彼を疑ってしまう情けない自分に何度嫌気がさしたことか。

でもそこまでしてくれて、さらに結婚しても、不安は解消されないままでした…_| ̄|○

そしてある時、私が心療内科に通っていた時(※過去記事参照)に書いた“今でも覚えている過去の出来事やその時の思い、そして今の自分の思いを書き綴ったノート”を彼に見せました。

彼が、私が過去にされたことを知りました。

どうして嘘と隠し事に過剰に反応してしまうのか。

私が彼を信じたいのに信じられなくて苦しんでいることも。

それから彼の言動が少し変わりました。

不安になったら素直に不安だということを口に出すよう促されました。

この「本音を口に出す」という行為の効果は絶大でした。

しかも、私が夫に「不安だ」と伝えた時、その言い分がどんなにおかしなことでも否定せず、ありのままを受け止めてくれました。

そのおかげで、私が不安になることは少しずつ減っていきました。

今でも夫は「好きなときに確認してもいいよ〜」と菩薩のようなスタンスを貫いて、スマホを無造作に置いてくれていますが、(まだ完全にとは言えませんが)もうほとんど気にならなくなりました。夫のおかげです。

感情は受け止めてもらいたくて出てくる「本当の自分」

私の心の傷など、他の人の目には取るに足らないくだらないものに映っていることでしょう。

でも、当の本人にとっては一大事なのです。

ここをきちんと理解し、受け入れないと、自分で自分の首を絞めてしまうことに気が付いたのです。

みなさんも知らず知らずのうちに「嫌だな。つらいな…」と感じた自分の本音を「でもこんなことでつらいなんて言っていたらダメだ、世の中にはもっと大変なのに頑張っている人がいるんだから」と、自分の感情に蓋をしていませんか?

私は子どものころ何かがあって泣くと、母親に「世の中にはもっと大変な人がいるよ」とか「泣かない!」などと言われて育ちました。

だから「弱音吐かずに頑張らなくちゃ!」と無理して強がって、そのうちにそれが当たり前になっていきました。

母による刷り込みがそのまま自分の思考になっていたのです。

でも、今思うことは、「もっと大変な人がいる。だから何?」です。

「世の中にはもっと大変な人がいるよ」は「お前は全然大変じゃないよ」と同じです。

「泣かないの!」も自分の感情を完全に否定される言葉です。

ただ受け止めてもらいたかっただけなのに、自分の感情がおかしい、間違えていると言われたように感じたのです。

でも、否定されたその感情こそが自分なのです。

つまり、「ああいやだな」と感じたときに「こんなこと言っていたらダメだ、もっと大変な人がいるんだ…」と自分を戒める癖がついているということは、自分で自分を否定し続けているということなのです。

他人から否定され続けることを想像すると、それがどれほど辛いことかが見えやすくなります。

それを自分の中で延々繰り返していると考えれば、これがどれほど精神に支障を来たしていたかがお分かりいただけると思います。

世間でよく聞く「自分に厳しい」というのはまさにこの状態を指しています。

生まれてから今まで自分が経験してきたたくさんの出来事や、親の躾や世間の一般常識などから受けた影響を身体中にまとって性格が形作られますが、常識も躾も考慮せずにストレートに訴えかけてくる感情こそが素の感情です。

その感情に自分で気が付いてきちんと受け止めてあげないと精神が疲弊します。

「あいつは甘い!」などと他人に厳しくしてしまう人も、自分に厳しくしてこなかったか一度振り返って見ることをお勧めします。

自分に甘くできると他人にも寛容になれます。

「嘘をつかないで」「隠し事しないで」は不可能な要求だった!人間は嘘をつく生き物

最近読んだ本の中に、自分が良かれと思って長男と次男に守らせようと強要していたことがやってはいけないことだったということが書いてありました。

私が嘘と隠し事が大嫌いであることはすでに書きました。

それゆえ、子どもたちには嘘をつく人間にはなってもらいたくないと、それはそれは頑なに「嘘はつくな」「隠し事はするな」と口すっぱく言ってきました。

でもその結果、長男も次男も嘘をつくようになりました。

嘘をつく場面というのは決まって“正直に言うと私に酷く叱られる”ようなとき。

長男に至っては、学校の友達と喧嘩したときに「自分は何もしていない」と嘘をつきました 。(※過去記事参照)

この嘘が判明した後、私は烈火のごとく怒り狂いました。

長男が一番恐れていたことです…。

そしてこの一連の流れこそが長男に嘘をつかせてしまう負の連鎖であると書かれていました。

しかも「嘘をつかない」を約束させてはいけないと書いてあって、量方の目ん玉からウロコが滝のようにボロボロ落ちました。

・「嘘をつかない」がそもそも不可能な要求。親子関係に止まらず全ての人間関係において無理。人間は嘘をつく生き物。

・子どもが嘘をつく理由は「親に叱られたくない」が一番。「親をがっかりさせたくない」「親を傷つけたくない」なども。

・子どもが嘘をつくのはそもそも親ができもしないことを約束させているから。

そして私が招いた負のスパイラルはまさに本通りの展開に…↓

約束させる

→守れなかったけど叱られたくないから嘘をつく

→嘘がバレる

→親が厳しく叱る

→また嘘をついて叱られる

→次は絶対やるな!今度やったら…と説教が激化する

→次第に嘘が巧妙化する

→大きな嘘 に発展(事件を起こす)

子どもの嘘を過剰に正そうとしたことによって招いた結果です。

子どもの嘘は気がついても何も言わないのが得策かもしれませんと書いてありました。

私のように何でもかんでも口を挟んで必要以上に叱ってしまう母親は黙ってナンボだなと自分でも思いました。

だって「まずい!」とわかっているから嘘をついたんですもんね。

私が「嘘」と「隠し事」の呪縛から逃れるために息子たちに投影させてしまったのかもしれません。

私は息子たちを信じ、嘘に過剰に反応せず、もっと柔軟に対応しないといけないということに気づくことができました。

本当に子どもは親の先生です。

「嘘つくな・隠し事するなって何回も行ってきたけど、そんなの無理みたい。ごめんね。」と長男と次男に謝りました。

わかったのかわかっていないのかわかりませんが、自分の中では何かが変わったのがわかります。

相手にばかり嘘をつかないことを要求していたけれど、知らず識らずのうちに自分も嘘をついていることがあることに目が向くようになりました。

自分は絶対嘘つかない!なんて、出来てもいないことをやってる気でいたんですね…。

ママ友の記事でも書きましたが、自分の本音を隠して相手に合わせるということも、本質は嘘や隠し事と同じなのではないかと気がつきました。

そもそも人と上手に付き合うためには、ある程度自分を偽った方が円滑にいく、という日本人の気質は上手に嘘をつきながら培われて来ているということなんですよね。

だから、家に帰るとドッと疲れるんだ…ストンと腑に落ちました。

このガチガチの思考回路こそ、自分と息子を追い込む最大の要因だったんだ_| ̄|○

自分が絶対に譲れない!と思っている信念こそ、そんなにこだわることではないのかも知れません。

・子どもの嘘は人生最初の「問題行動」つまり親が子どもの本音を知るチャンス

・どんな育て方をしても子どもはいつか必ず嘘をつく

・嘘は人間として成長している証

いい子に育てると犯罪者になります/著者:岡本茂樹 より一部引用

上記は私が勇気付けられた三つの言葉の抜粋です。

この本の著者である岡本茂樹氏は刑務所で受刑者の更生支援を行なった経験のある教授で、臨床教育学博士です。残念なことに2015年の6月に亡くなられたそうですが、教授がこの本を世に残していってくれたおかげで今般私はこの本と出会い、大切なことを気づかせてもらうことができました。

子育て中の皆さんにお勧めの一冊です。

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